ディスカバリーチャンネル「カスタム・マスター」シーズン8で登場する、フォルクスワーゲン・ヘブミューラー。
アメリカ車のカスタムが中心のこの番組の視聴者には「ヘブミューラーって何??」「普通のビートルカブリオレと何が違うの?」と思われた方も多いのではないでしょうか?さらに、ボディーカスタムをしないRestomodに「凄さが分からない」といった方も多いかと思います。
この記事では、フォルクスワーゲン・ヘブミューラーの解説を始め、番組内ではあまり触れられなかった「Kinding-It Design・ヘブミューラー・カブリオレ」の詳細仕様とその凄さを解説!
ヘブミューラーとは?
かつてフォルクスワーゲンが販売していた2シーターのカブリオレ。正式名称は「タイプ 14A」または「ヘブミューラー・カブリオレ」。生産期間は1949年〜1952年。「ヘブミューラー」の名前は、車体の製造メーカーであるHebmuller Sons社に由来するもの。
車体はフォルクスワーゲン・タイプ1のプラットフォームを使用し、ボディーの製造と車体の組み立てをHebmuller Sons社が担当。通常モデルのカブリオレとの決定的な違いは、2シーター(※2+2)であること。幌の格納方法と長いデッキリッド(リアフード)を特徴の1つ。4シーターカブリオレではボディー外部に幌が折り畳まれる仕組みですが、ヘブミューラーではボディー内部(室内)に幌が収納される構造。一般的に2シーターとされるヘブミューラーですが実際狭いながらも後部に座席スペースがあり乗車も可能。ただ、幌を折り畳んでいる(開けている)状態ではさらに狭くなり乗車は厳しいのが現実。(※2+2とは2座席プラス補助席の意味)
Hebmuller Sons社は1889年ドイツ・ヴッパータールでジョセフ ヘブミュラーによって設立されたコーチビルダー(車体製造メーカー)。当初は馬車を製造していましたが1920年頃より、自動車の車体改造・生産を開始。フォルクスワーゲンから2000台の車両注文を受けたHebmuller Sons社は、1949年6月よりタイプ14Aの生産を開始。同年だけで350台以上を生産するものの、生産開始直後の7月に発生した大規模工場火災の混乱と復旧に伴い、会社の業績は急激に悪化。1952年5月にHebmuller Sons社は倒産。その後タイプ14Aは生産ラインをカルマン社に移し53年まで製造されました。約4年間での生産台数は696台。(台数は諸説あります)
ヘブミューラーの現存数は100台程度とも言われ、現在の平均相場はおおよそ1000万円以上(状態によります)。空冷ビートル内での希少性では間違いなくトップクラスです。
Kinding ’50 HEBMULLER
製作したのはアメリカ・ユタ州にあるカーカスタム ファブリケーションショップ「Kinding-It Design」。アメリカ車が中心のカスタム&レストアショップ。ショップオーナーのデイブが、「”隠れ”ワーゲン好き」であることから、時よりワーゲンも製作しています。
今回ベースとなった車両は、ミントコンディションの「1950年式TYPE 14A HEBMULLER」。フルカスタムのベースにしては、「良すぎる」コンディションで、そのままでもカーショーに出れる状態の綺麗な車両を使用。本来ならレストアが必要なような状態の車両使うことが、コスト面でも理想的ですが、現存数の限られているヘブミューラーのような車両では、「レストアベース」を探す方が困難。車両自体、常に売りに出ている物でもないので、今回タイミングよくベースカーが見つかっただけでも幸運といえます。
「超希少」のヘブミューラーをカスタムしてしまうのは、はっきり言って「批判もの」ですが、ボディーにはカスタムを施さず足回りやエンジンをアップグレードする、Restomod(レストモッド)とすることで、オリジナルを尊重したスタイルに。大幅な改造が必要となるシャーシは、オリジナルと入れ替える形で、1970年式シャーシに変更。オリジナルシャーシをキープしておくことで、いつでも元に戻せる状態にする作戦は、デイブのワーゲン愛に他なりません。ある程度の批判は覚悟の上で、過度に「ワーゲンフリークを敵に回さない」ことも考慮しているのかも?
車体の改造内容は大きく分けて、サスペンション・ブレーキのアップグレード、トランスミッションのオートマチック化、エンジンのアップグレード。
シャーシ
足回りのアップグレードは1970年式シャーシを使用することで大部分を達成。50年式ではフロントにキングピン式スピンドルを使用したサスペンションですが、70年式では現行車でも一般的なボールジョイントになります。リア足回りも空冷ワーゲンの特徴となっているスイングアクスル式から、ジオメトリーの変化が少ないIRS(独立懸架)になります。さらにIRSとなることでCVジョイント化される為、オートマチック・トランスミッションのコンバージョンにも好都合。
- フロントサスペンション/Airkewld 4インチ ナロードビーム,Ridetechアジャスタブルショック
- リアサスペンション/コイルオーバーショック(No torsion bar),HDスプリングプレート
- ホイール/Kindigカスタムホイール,15×4.5&16×8
- タイヤ/Firestone 145-15&205/60-16
- ブレーキ/Airkewldディスク,Wilwoodキャリパー
- リアフレームModify/To fitヴァナゴン オートマチックトランスミッション
トランスミッション
今回、最大の難所がマニュアルからのオートマチック化。ビートルと互換性のあるオートマミッションで思い付くのは「スポルトマチック」ですが、オートマチックと言うよりは「クラッチ操作が無いマニュアル」。ギア操作は必要である為、オートマのような楽さは無く、今回オーナーの希望にはそぐわないと判断。完全なオートマチック化をする為に、ビートルとは互換性の無い、T3ヴァナゴン用オートマチック・トランスミッションを使用しています。
ビートルのオートマチック化は、妄想することはあっても、実現するのはかなり難しい、難易度の高い改造です。今回使用したヴァナゴンミッションも、タイプ1ミッションとの互換性は無く、共通点と言えば「VW製フラット4エンジン搭載車」ぐらい。ただ唯一の救いなのは、ビートルエンジンとボルトオンで連結出来ることのみ(固定出来るだけで機能しません)。その他の作りはまったく別物で、大きさはヘブミューラー用ミッションより”ふた周り”くらい大きく、マウント方式もまったく異なります(ビートル下留め、ヴァナゴン上釣り)。番組内でもフレーム切除、サブフレーム作成で対処していましたが、ボディーとのクリアランスや狭いエンジンルーム内でのエンジン位置も考慮すると、ミリ単位のシビアな調整が必要な作業です。
- ミッション/1987 Vangon Automatic
- マウント/サブフレーム作成
エンジン
オリジナルの1200ccエンジンから170HP2276ccタイプ1エンジンにアップグレード。ヘブミューラーのオリジナルエンジンは「スタンドエンジン」と呼ばれる初期のビートルに使われていたエンジンで、前期タイプが25HP、後期タイプが36HPとかなり非力なエンジンです。今回アップグレードの為に載せられたエンジンは、一般的に「タイプ1エンジン」と称される、後年のビートルに使用されたエンジンをベースにした物。VWエンジンショップのコンプリートチューニングエンジンで、ストリートユース用としては、かなりハイスペックな仕様で、耐久性とパワーを兼ね備えたエンジンです。ファンは冷却効率の高いポルシェファン。
V8エンジンでの「数百馬力」と比べると「170HP」はかなり控えめにも思えますが、車体の軽い(850kg程度)ビートルでは必要十分のパワー。運動性能で言えば、300HP程度のV8車とほぼ同等の走りを見せます。
- ケース/Autolinea アルミニウムスーパーケース
- 排気量/2276cc
- ボアストローク/82×94mm(ストローク×ボア)
- クランク/CB Perfomance 82mm 4340
- コンロッド/CB Perfomance H beam5.5″
- ピストンシリンダー/AA Perfomance 94mm B type
- カム/Engle FK-8
- ヘッド/CB Perfomance 044 CNC Wedge port
- バルブサイズ/インテーク42mm,エキゾースト37.5mm
- ロッカーアーム/CB Performance 1.4:1
- コンプレッション/8.7:1
- キャブレター/Weber 48IDA
- マフラー/A-1サイドワインダー(Stainless 1-5/8)
- ファンシュラウド/Bernir Bergmanポルシェファン
ボディー
ボディーは基本的にオリジナルを尊重し、レストアに専念。ボディーの「無加工」をコンセプトにしていますが、どうしても加工が必要な2箇所のみ小加工。1つ目はヘブミューラーのアーリーシャーシから70年式レイトシャーシへの変更に伴う、ボディーマウントの違いから、ショックタワー部の2箇所を小加工。大型のオートマチックトランスミッション搭載に伴う、ボディーフロアー面の一部クリアランス不足から、部分的に「逃げ加工」を行っています。
ボディーカラーはオリジナルのオマージュで、デイブオリジナル。細かなディテールはヘブミューラー特有の部分も多くある為、基本的にはオリジナル尊重していますが、細かな部分はハンドメイドのフェンダービーディングなどを使用し細部にまで拘った仕上がり。
- カラー/Black Hole Black,Bad Blood
- ボディーペイント/Kindig-It Designs
- フェンダーパネル/Klassicfab
- フロントサイドパネル/Wolfparts
- エプロンパネル/Wolfparts
インテリア
インテリアはオリジナルを意識した仕上げ。シートはヘブミューラーシートと70年式シャーシのレールとが異なることもあり、60年代ビートルシートに変更。ヘブミューラーのオリジナルシートを加工してしまうのは気が引けますが、シートを変更したことで、フルアジャスタブルのリクライニング機構をシートフレームに追加加工しています。(ヘブミューラーはリクライニング機構が無く、60年代シートも三段階のみ)
ダッシュボードもオリジナルを尊重して、大幅な改造はせずディテールアップのみのカスタム。唯一のアップグレードと呼べる変更点はメーター。本来のビートルはスピードメーターのみで燃料計すらありませんが、Dakota Digitalのマルチディスプレイに変更。タコメーター・油温油圧・電圧計・燃料計などが集約されたメーターで、ダッシュの雰囲気を壊すことなくメーターを追加することを可能にしています。
- シート/’60sシート,オリジナルスタイル張替Sewfine Products
- ドアパネル/オリジナルスタイルSewfine Products
- カーペット/German square weave
- ステアリング/Petri Banjo
- メーター/Dakota Digital HDX
- オーディオ/kicker
- シフター/Lokar
まとめ
通常、ヘブミューラークラスのVintageCarともなれば、レストアしオリジナルを維持することが最善とされ、カスタムなど論外されています。ですが、車は本来「置物」でなく、乗ること走らせてことに価値があり、そのどれもがオーナーあっての物。今回のヘブミューラーも女性オーナーからの依頼で「オートマで気軽に乗れるカブリオレ」とのオーダーで始まったプロジェクトでしたが、その希望を見事に叶え、夢の1台を作り上げた「Kinding-It Design」は「さすが」の一言。
どんな車もオーナーあっての物であり、快適に乗る為のカスタムやアップグレードは、単なるドレスアップや改造とは違い、オーナーにとってはオリジナル以上に価値ある存在になります。